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競馬やら野球やらフフホトでの生活やら適当に書いてます。POGの話題が中心です。
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久しぶりすぎていつ以来か覚えていないこのシリーズ。
時間がなかっただけで決して忘れていたわけじゃありません(笑)

というわけでダービー編ラストです(=´ー`)ノどうぞ



2000年  勝ち馬:アグネスフライト

「河内の夢も飛んできている!」
「エアシャカールか!それともアグネスか!」
「河内の夢か豊の意地かどっちだー!?」

このレースも思い出深いですねえ〜。
実況の素晴らしさもさることながら、
ハナ差の決着というレース内容とマッチしていて
非常に印象に残っています。
河内騎手、21年目でのダービー初制覇。
レディー、フローラと続く所縁の血統の仔での制覇だけに
喜びもひとしおだったのではないでしょうか。
まあユタカを応援していた私的にはすんでのところで
ダービー3連覇を阻まれて悔しかったのですが(笑)
古馬になってからは重賞すら勝てなかった
この世代のクラシックホースたちですが、
クラシック戦線自体は名勝負が多かったです。


1990年  勝ち馬:アイネスフウジン

「中野栄治!若者には負けてられない!」

えと、この馬に関しては私が語っても仕方がありませんので(笑)コチラへ。
個人的にこのレースで凄いと思うのが、
脅威のダービーレコードを刻んだ時計を生み出したラップタイム。
恐らく12秒フラットくらいのタイムを刻むつもりだったのでしょう、
ペースが落ち着く3ハロン目以降の正確なラップの刻みはまさに職人業。
1000m通過後に2ハロン連続で12秒5前後を記録したのは
意図して息を入れたのでしょう。
その後はまた正確に12秒1を刻み、ペースアップしやすい
3コーナー通過も11秒8と最小限の誤差に留めています。
最後はバテて12秒7でしたが2分25秒3のレコードタイムでゴール。
12秒1を刻み続ければ2分25秒2になるわけで、
このレコードタイムはまさに中野騎手の手綱捌きによって
生み出されたと言っても過言ではないでしょう。
もちろん、馬にそれに応える能力があったから
できたことだというのは言うまでもないことですが。


1973年  勝ち馬:タケホープ

「ハイセイコーは3番手、ちょっと届きそうもありません」

怪物ハイセイコー初の敗北。
東京競馬場では敗戦のショックでその場で
卒倒して倒れてしまった人が何人もいたとか。
連勝記録は14でストップしたわけですが、
このまま連勝記録を伸ばしていたら
ハイセイコーブームはどこに向かったのか。
ちょっと興味があります(笑)


1965年  勝ち馬:キーストン

「キーストンリード!キーストンリード!」
「キーストンリード!ダイコーター敵わない!」
「キーストンリード!キーストンリード!キーストン逃げ切った!」


最期のシーンがあまりにも有名なため忘れられ勝ちなキーストンのダービー。
ひたすらキーストンリードと繰り返すアナウンサー(笑)
トーンも低く淡々としていて、昔の実況だなあと思わされます。
このレースの直前、最有力馬で実際1番人気に
支持されたダイコーターの馬主が変わったそうで、
そのトレード理由が「ダービーを勝ちたかったから」。
当時としては破格の金額でトレードされたそうです。
その野望をあっさりとキーストンに砕かれた時の心境やいかに(爆)
まあダイコーターは秋に菊花賞を勝ってますから
トレード自体はダービーを勝てなかったことを除けば
成功したと言えるんですけどね。


1963年  勝ち馬:メイズイ

「メイズイ2番手以下をグーンと離しました」
「メイズイの独走であります」
「メイズイ強い。メイズイラストスパート。あと200メーター」
「メイズイ悠々とゴールイン。メイズイゴールまであとわずか」
「メイズイダービーを完全に制覇しました」 


MG対決と呼ばれ、メイズイとグレートヨルカの一騎打ちが注目されたダービー。
結果はダービー史上初めて2分30秒を切る驚愕の時計で
メイズイが6馬身差の圧巻の逃げ切り勝ち。
ダービーどころか古馬の記録まで破る日本レコードで、
そのあまりの強さに菊花賞ではレース前に
優勝トロフィーにメイズイの名が刻まれたとか(笑)
キーストンの時同様ものすごく淡々とした口調で
本当にレースの様子をただ伝えているだけという感じです。
その証拠に!マークが全然ありません(笑)
レース展開からして仕方がない部分もありますが、
直線に入ってから名前を呼ばれたのはメイズイただ1頭(爆)
カメラもメイズイをアップにしていますし、
おかげで後ろの様子がさっぱりわかりません(笑)
あと、まだゴールしていないのにゴールインと言ってます。
ゴールインと言った後に“ゴールまであとわずか”って、
ゴールしたんとちゃうんか!と思いますね(笑)
まあ時代を感じさせるという意味ではいい実況ではないかと。



というわけで、ダービー編がやっと終わりました。
次は…皐月賞編?それかクラシックトライアル編で。


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というわけで、特別編。
ディープインパクト編でございます。

なぜディープだけ集めたかと言いますと、
私自身がディープのレースにあまり強い印象を持っていないからです。
言ってしまえば「春天以外似たようなレースばっかじゃん」ということ(爆)
やっぱり名勝負と言われるものは相手がいないと成り立ちませんからねえ。
そういう意味ではディープナリタブライアンシンボリルドルフ
生まれるのが10年早かったのだと思います(互角に戦える好敵手を得るには)。
まあディープはレースぶりが派手だったおかげで大衆に
受け入れられたわけですから、悪いことばかりではなかったと思いますが。
ディープがルドルフみたいなレースを
やっていたらあれほどのブームになったかどうか…。

そんなわけで、あまりディープに思い入れのない私ですが(実力は認めますが)、
実況を見てみると結構いいフレーズがあるんですよね。
というわけで、ディープの実況の名セリフを集めてみました。
放送局やアナウンサーがごっちゃですが…(汗)

では(=´ー`)ノどうぞ


皐月賞

「武豊、3冠馬との巡り会い!まずは皐月、第1関門突破です!」

とにかく落馬寸前になったゲートが印象的。
ノーリーズンを思い出した方も多かったのでは?
あれ落っこちてたら全てがパーになっていたと思うと…恐ろしいですね(笑)


日本ダービー

「このスピード!そしてこの強さ〜!」
「ついに決めた13年ぶり!無敗の2冠馬誕生!」
「そして秋の京都へ衝撃は引き継がれます!」


このレースに限らないですけどディープの追い込みは本当にスムーズですよね。
4コーナーで騎手が押さなくてもすーっと上がっていくんですから。
本当に他馬とは絶対能力が違ったんでしょうねえ。


菊花賞

「三冠達成です、三冠達成! これが歴史に残ります!英雄の脚です!」
 
「世界のホースマンよ見てくれ!」
「これが日本近代競馬の結晶だ!」
  
このレースはディープのレースの中では結構印象に残っています。
無敗の3冠達成成ったレースということもあるんでしょうが、
残り1ハロン切るまでアドマイヤジャパンを捕らえられず、
ディープのレースにしては珍しくはらはらさせられたレースなので。
まあそれでも結局2馬身差つけるんですから何をかいわんやです。
実況は下の方が印象に残っていますね。なかなかのフレーズだと思います。


天皇賞(春)

「しかし次元が違う!次元が違う!同じサラブレットなのか!」
「まだ見ぬ世界のライバルに強烈な挑戦状を叩きつけた!」


「ハーツクライよ、ハリケーンランよ待っていろ〜!」

このレースは印象に残ってますねえ〜。
何と言ってもあの向こう正面からのまくり!
まくって行くレースは条件戦でもどこでもいくらでもありますが、
直線に向くまでに完全にまくり切るレースはそうそうあるもんじゃありません。
大きいレースではミスターシービーの菊花賞くらいでしょうか?
最後はリンカーンに捕まるかと思ったらゴール前で突き放すんですからねえ。
滅多に見れないものを見せてもらいました。


宝塚記念

「菊花賞、天皇賞春に続いて京都競馬場に三度衝撃が走りました!」

「日本競馬の至宝ディープインパクト!!」

このレースが1番コメントに困る…。何しろただ回ってきただけですし(爆)
ディープの壮行レース以外の存在価値をこのレースには見出せません…。
まあディープはいつもどおり強かった、ってことで。


ジャパンカップ

「勇気の翼を一杯に広げてディープインパクト〜!!」
「すべてを振り切ってディープインパクトゴールイン!」

色々あった後のジャパンカップ。実況もちょっと感傷的になっていますね。
すべてを振り切って〜にはきっといろんな意味が込められているんでしょうね。
有馬の実況でも使われてましたが、
“翼”という言葉はなかなかディープに似合っていると思います。
飛ぶ馬からの連想から来ているんでしょうがホントピッタリですね。
羽よりちょっと高貴な感じがしますしね(笑)

有馬記念

「ディープが今翼を広げた!」

「間違いなく飛んだ!間違いなく飛んだ!」
「最後の衝撃だ!これが最後の!ディープインパクト!」

ラストランとなった有馬記念。
ボクらのディープは最後までディープインパクトでした(爆)
G?のたびに同じようなレースを見せられると飽きてくるが、引退したらしたで
また同じようなレースができる馬が出てこないかと考える複雑なファン心理(爆)
“レースぶり”で客を呼べる馬というのはなかなかいませんからねえ。
何にしても本当に凄い馬だったと思います。


というわけで、特別編ディープインパクトスペシャル(違)でした。
うーん、せめてあと1年走ってくれてたらなあと思うんですけどねえ。
諸々の事情があったんでしょうけど、故障で止むを得ない場合
など以外は、ディープに限らず5歳くらいまでは走ってほしいと思うのですが。
ディープ以外でもアドマイヤジャパンやシックスセンスは故障で引退…。
他にもラインクラフト、シーザリオ、エアメサイアにカネヒキリ。
まあカネヒキリはまだ引退してませんが…。
もっと見たかった馬がたくさんいた世代でしたね。



次回はまた本筋に戻ってダービー編です。

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競馬の予想やら何やらでちょっと間が空きましたね。
大体週1〜2回のペースになると思います。

それでは第3回ダービー編です。(=´ー`)ノどうぞ



1991年  勝ち馬:トウカイテイオー

「トウカイテイオー抜けた!3馬身から4馬身!」
「もう追う必要はない!もう追う必要はない!」
「安田隆行完勝2冠達成!そして無敗の2冠達成であります!」

トウカイテイオーが父に次いで無敗の2冠馬となったレース。
楽な手応えから直線でスコーンと抜けるレースぶりは「強い!」のひとこと。
それだけに、この後骨折して菊の舞台に立てなかったのが悔やまれます。
親子での無敗の3冠達成となればまさしく空前にして絶後。
挑戦することすら適わなかったというのが残念でなりません。
ディープがどれだけ走る仔を出せるのか…。

ところでこの骨折、当時は按上が直線で後続を突き放したにも関わらず、
追うのを止めなかったことが原因と見る向きが多かったようですね。
その風潮を作るのにこの実況も一役買ったのではないかと思います。
たしかに映像を見ると勝利がほぼ確定した後も
騎手ががむしゃらに追っている様が見て取れますが…。
しかし他でもない、ダービーという最高の晴れ舞台。
冷静でいろというほうが無理なのではないでしょうか。
個人的には、この骨折について騎手に責任を求めるのは
違うのではないかと思いますね。
偉業に挑戦する権利を得ながらも挑戦できなかった無念のあまり、
ファンがどこかに責任を求めた…というのが本当のところなのでは?

まあそんなことを抜きにしても、耳に残っているフレーズであります。



1992年  勝ち馬:ミホノブルボン

「ブルボン先頭!ブルボン先頭!ブルボン3馬身から4馬身!」
「恐らく勝てるだろう!恐らく勝てるだろう!」
「もう大丈夫だぞ!」

栗毛の快速馬、“坂路の申し子”ミホノブルボン。
距離不安もどこ吹く風、4馬身差で逃げ切ったレースです。
父が短距離種牡馬のマグニテュードということで、
ブルボン、とにかく距離不安説がつきまといましたね。
朝日3歳Sを単勝1.5倍で勝利したというのに、
休み明けのスブリングSは4.5倍の2番人気。
なめられるにもほどがあるってなもんですが、1番人気ノーザンコンダクトが
11着に沈む中、なんと7馬身差の逃げ切り勝ち。
続く皐月も圧勝(単勝1.4倍)しましたし、例年ならダービーは
不動の本命として単勝1.2倍くらいになりそうなところ。
それが2.3倍もついたあたり、いかにその距離適性に
皆が疑問を抱いていたかが分かるというものです。

この実況、“恐らく”とか“大丈夫”とか、ベクトル的にどちらかと言うと
ネガティブな方向から向けられる言葉を使っているあたり、
このアナウンサー自身がブルボンがこの距離を持つかどうか
疑問を持ちながら実況していたのではないかと思います。
それだけに、勝利を確信した時アナウンサー自身の
安堵感からあのようなセリフがこぼれたのだと思いますね。
まあ馬券を買ったファンはスコンと抜け出したブルボンよりも
熾烈な2位争いのほうに注意が行っていたかもしれませんが(爆)

2着はご存知ライスシャワー。16番人気での激走で馬連は大万馬券。
終始2番手を進み、後ろから飛んできた
マヤノペトリュースをハナ差凌いでの2着確保。
その実力を初めて示したレースでした。



1994年  勝ち馬:ナリタブライアン

「これは完勝でしょう!ナリタブライアン再び!」
「千切った、千切った、千切った!!」
「完勝2冠達成ー!!」

“シャドーロールの怪物”ナリタブライアンが5馬身差の圧勝。
外外を回しながら直線の入り口では先頭に並びかけ、
坂を上った後はあっという間に後続を突き放して独走。
他の馬に騎乗した騎手たちが「勝てる気がしない」
と口を揃えて言っていたのが印象的でした。
確かにこんなレースを見せつけられたら戦意もなくなりますよね。
ペリエ騎手が日本で1番印象に残っている馬に
ナリタブライアンを挙げているのも肯けます。

個人的にはこの「千切った〜」が強く印象に残っているんですが、
それは多分にカメラワークによるところが大きいと思います。
角度的な問題で大外を走っている馬が先頭に立っても
テレビでは抜け出したようには見えませんが、ゴールに近づくと
角度が変って位置関係がハッキリと分かるようになりますよね。
大外を突き抜けてきた馬の場合そのカメラの角度の変化も手伝って、
ゴール前でもの凄い加速をしたように見えます。
そのタイミングとこの実況がマッチしたせいで実際よりも
ナリタブライアンが凄い脚を使ったように見え、
記憶にも残ったのだと思います。






今回はここまでです。
何だか結局90年代のダービー全てを取り上げそうな予感(笑)

次回は特別編で。


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2回目にして早くもテーマの変更を余儀なくされています(爆)
実況を書くとついその周辺のことを書きたくなる衝動に駆られてしまいまして…。
まあ実況だけが印象に残っているレースというのもあるにはあるんですけどね。
そんなわけで、語りが長くなってもおかしくないよう、タイトルを変更しました(笑)
実際のところ実況だけが印象に残ったレースは
“名”レースじゃなかったりもするんですが…、
その辺を突っ込みだすとキリがないのであまり気にしないことにします。
どうしたって何かしら矛盾点は出てくるということで。


それでは第2回もダービー編です(=´ー`)ノどうぞ



1996年  勝ち馬:フサイチコンコルド

「コンコルドだ!コンコルドだ!」

「外から!音速の末脚が炸裂する!フサイチコンコルド!!」

「今、今!ひとつの競馬の常識が覆された!」

絶対的本命の武豊騎乗のダンスインザダークが
完全に抜け出して勝利を確信したところでの大外強襲。
ユタカのダービー初勝利を誰もが確信していたところでの
急激な場面転換に呆気に取られた人は多かったのではないでしょうか。
コンコルドに乗っていたのがユタカより若い藤田伸二だっただけに、これで
「ユタカはダービー勝てない云々」の声がまた大きくなったのでは。
ユタカ自身も抜け出したことでどこかに油断があったと語っていましたね。
彼にとって最も悔しいレースのひとつなのではないでしょうか。

ところで、このフレーズは数あるダービー実況の
フレーズの中でもかなり秀逸だと思いますね。
音速はもちろんマッハで飛ぶジェット機、コンコルドからの連想でしょうが、
この音速という言葉がこれほどピッタリ来る馬は他にいないと思います。
ダンスを捕らえた鋭い末脚はもちろんのこと、
3戦目という史上最短キャリアでの日本ダービー勝利に
わずか5戦で現役引退と、まさに何もかもが音速だった馬でした(爆)



1997年  勝ち馬:サニーブライアン

「サニーブライアンだ!サニーブライアンだ!」
「これはもう!フロックでも!なんでもない!2冠達成ー!」


皐月賞を12番人気で逃げ切ったサニーブライアンが
前走をフロック視される中で意地の激走を見せたレースですね。
皐月賞を制していながらこのダービーでの評価は6番人気。
それだけに、按上大西騎手が戦前から逃げ宣言をしての
1馬身差の逃げ切り勝ちは価値があったと思います。
アナウンサーの実況にも実感がこもっていますね。

この評価の低さには皐月の2・3着馬のメンツによるところも多かったのでは?
何しろシルクライトニングにフジヤマビザンですからねえ。
若葉Sの上位馬が皐月の上位を独占したことで、
結果的には若葉Sが1番レベルが高かったと言われましたね。
まあそれは多分に上位人気馬の不甲斐なさを非難する言葉だったのですが。
それはさておき、2着がメジロブライトやランニングゲイルだったら
もうちょっと評価も違っていたと思いますね。

最弱2冠馬カツトップエースの再来とまで呼ばれたサニーブライアンですが、
何だかんだで2冠を制したんですからもうちょっと評価されてしかるべきでは?
そりゃあ人気馬が追込み馬にかたよっていたので展開が有利だったとか、
人気を背負っていなかったからマークされなかったのが奏功したとか、
ツイてたところがなかったわけではありませんが、
彼が2冠を制したのは紛れもない事実なんですから。
本格化する前とはいえあのサイレンススズカにハナを切らせなかったことからも
スピードがなかったわけではないと思いますし、
そもそも皐月賞馬が逃げ宣言しているのを放っとく周りが問題なのでは?

この評価の低さのせいで、年末の年度代表馬選考でも
クラシック2冠馬なのにやけに低評価。
エアグルーヴはともかく、年末に短距離G?を連覇した
同齢のタイキシャトルに遅れを取ったのはちょっと頂けないかなと。
勝ち方がどうであれやっぱりクラシックを重視すべきだという
私の考え方は時代遅れなんですかね?(笑)



2004年  勝ち馬:キングカメハメハ

「今!府中に最強の大王が光臨した!」

正直に言いますと、あまりこのレースは印象に残っていないんですよね。
このレースに限らず、最近のダービーはあまり印象に残らないのが多くて…。
ディープが勝った年くらいですかねえ、鮮明に覚えているのは。
それ以外だとブルボンやテイオーが
勝った時のダービーのほうが記憶に残っていますねえ。
あ、私年齢偽ったりはしていませんよ(笑)

まあでもこのフレーズだけはよく覚えています。
タイムもこれが3歳馬のタイムか?と思うような凄いタイムでしたし、
まさしく“最強の大王”といった感じでした。
故障がなかったらどれだけの成績を残していたか…。




うーん、今回も語りの部分がやけに長いですね(笑)
さすがにダービーは競馬に関わる者全ての目標と言われるだけあって、
実況も名フレーズが多いですね。


1995年  勝ち馬:タヤスツヨシ

「皐月賞の1着2着馬はやはり強かった!!」

もなかなか捨てがたいアジがあると思います。


それでは今回はこの辺で。次回もダービー編です。


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というわけで、印象に残るレースを競馬実況と併せて
何回かに分けて紹介したいと思います。

競馬場で観戦するのがもちろん1番だと思いますが、
名実況があればテレビで観戦するのも悪くないと思います。
印象に残る実況はレースそのものまで記憶に留めてしまうものですからね。
本当は別の形で1回の記事で書きたかったんですが、
思い出し始めたらとても記事1回分じゃ収まらなくって(笑)
実況の台詞を見て当時の興奮を思い出して頂ければ幸いです。


というわけで第1回ダービー編です。(=´ー`)ノどうぞ



1998年  勝ち馬:スペシャルウィーク

「セイウンスカイがここで満を持して先頭に立った!」
「キングヘイローは下がっていく!
その後ろから間を割ってスペシャルウィークやって来た!」

「あっという間に!並ばない!並ばない!
あっという間にかわした!あっという間にかわした!」

「セイウンスカイ、ダイワスペリアー、
インコースからメジロランバート!
夢を掴んだ武豊!!」

私の競馬の原点とも言える、スペシャルウィークが勝ったダービーです。
競馬界の七不思議とまで言われた「武豊はダービーを勝てない」
ですが、このレースでユタカはめでたくダービージョッキーとなりました。
それだけに最後のところは特に印象に残っています。
皐月賞で捕まえられなかったセイウンスカイを
あっさり捕らえた時(3つ目の実況)は強い!と思いましたね。
最後は後ろで繰り広げられる2着争いを尻目に5馬身差勝ち。
勝負が決まったらなるべく追わないようにするユタカが
最後までずっと追い通しだったのがとても印象的でした。
途中でムチも落としてしまいましたしよほど興奮していたのでしょうね。

3強の一角キングヘイローはスタートからかかってハナを切った挙句直線で失速。
福永騎手、ダービーで初めて人気馬に乗ったということで、
相当なプレッシャーがあったのではないでしょうか。


1999年  勝ち馬:アドマイヤベガ

「ナリタトップロード、トップロード!外からアドマイヤ、アドマイヤ!
アドマイヤだー!!アドマイヤベガ!」

「母ベガの二冠達成から6年!」
「またもその息子が輝く一等星に!アドマイヤベガ!!」

このレースも凄かったですよねえ…。直線の3強の叩き合い。
特に勝ったアドマイヤベガの4角14番手からの鬼脚はシビれました。
ダービー連覇がかかるユタカが最初のコーナーを
後ろから2頭めで通過した時は本当に大丈夫か?と思いましたが…。
並んでから最後にグイッと伸びてクビ差交わした時の
「アドマイヤだー!!」が特に印象に残っています。
人気馬に乗ってもあの競馬ができるのはやっぱり凄いと思いますね。
負けたトップロードの渡辺騎手の涙も印象的でした。

ところで、やっぱり競馬は3強が1番面白いと私は思いますね。
このレースは1972年のロングエース・タイテエム・ランドプリンスのダービーと
1993年のBNWと並んで、最も熱いダービー3強の戦いだと思います。


1993年  勝ち馬:ウイニングチケット

「白い帽子ナリタタイシンもやって来た、外からナリタタイシン、
ナリタタイシン!内をついてビワハヤヒデ!」

「人気の3頭の競馬!」
「先頭はウイニングチケット、ウイニングチケット、ウイニングチケット!」
「柴田これが念願のダービー制覇ー!」
「柴田政人勝ちました!悲願のダービー制覇」
「ウイニングチケットで遂げました!」


1993年BNW3強クラシック。
B=ビワハヤヒデ N=ナリタタイシン W=ウイニングチケット
あまりにも有名な柴田政人のダービー初制覇なったレースです。
「ダービーを勝ったら引退する」という台詞が有名ですが、実際のところは
「ダービーを勝ったら引退するくらいの気持ちで乗らないと」と言ったのが
前半部分が一人歩きして既成事実のようになってしまったとか(爆)
結果的に本当にそのようになってしまったのが何とも皮肉ですね。

この3強は本当の意味で3強だったのだと思いますね。
最強世代と呼ばれた72年には他にイシノヒカルなどもいて、それを加えて
4強と見る向きもありますし(ダービー時点では3強でしたが)、
99年はアドマイヤベガが皐月と菊で不完全燃焼だった上、
古馬になってからはレースに出ることなく引退してしまいましたし。
それに比べてこの3強はクラシックで常にトップ争いを演じて
それぞれ1冠ずつを分け合い、
短い間でしたが古馬になってからもトップ争いを演じました。
確かに古馬になってからはビワの独壇場になってしまいましたが、
何だかんだで天皇賞・春とオールカマーではタイシンとチケットが
対抗馬に挙げられ、それぞれきっちりビワの2着に入っていますしね。
脚質もビワ=先行 タイシン=追込 チケット=まくり と三者三様ですし、
按上は岡部と武と柴田という当時のトップジョッキー3人。
本当にいろいろな意味で、この3頭は3強の決定版だったのだと思います。



とりあえず今回はこの3レースだけで…。
やっぱり思い入れあるレースのことだとつい長くなってしまいますね(笑)
本当は○年のダービー、誰が勝った、だけで終わるつもりだったんですが(爆)

思いのほか長くなりそうなこのシリーズ、
よろしければしばしの間お付き合い願います。


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プロフィール
HN:
チョルモン
年齢:
31
HP:
性別:
非公開
誕生日:
1986/02/07
趣味:
競馬 野球 ビリヤード ボウリング テニス サッカー観戦 ゲーム 漫画 音楽鑑賞 料理 etc.
自己紹介:
1986年仙台生まれのエセ関東人。7歳時家の都合で中国内モンゴルへ。1年半の滞在でモンゴルにすっかり目覚める。以後単独で2度ほど留学。総滞在期間は約5年。5年も中国に居たくせに、中国語は日常会話程度しか覚えられず。モンゴル語だけ堪能に。初対面のモンゴル人に外国人だとバレたことがないのが自慢。現在は内モンゴルのフフホト市に潜伏中。フフホトでの生活も合計10年目に突入。

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1番好きな馬:スペシャルウィーク
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