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競馬やら野球やらフフホトでの生活やら適当に書いてます。POGの話題が中心です。
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七歳からの内モンゴル紀行
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お久しぶりです、こんばんは。

船が台風で遅れたり、おかげで迎えと行き違いになったり、色々と計算外のことは起きていますが、とりあえず無事北京に着いています。

幸いにして、行き違いになった(経緯はまた後日)友人とも無事会えましたし、ビザの手続きもできたので、ビザができるまでの間毎日あそびまくっています。
カラオケとかボウリングとか(爆

いやね、実際暇なんですよ。
元々ビザ以外の用事はないわけですから、手続きさえ終わってしまえば時間は有り余っているわけです。
そんなわけで、北京にいる友達を連れて、遊びに出かける日々。
観光に行こうなんていう頭はこれっぽっちもありません。

北京のカラオケですが、日本の歌も相当数あり、なかなか楽しめます。
有名どころは揃っていますし、(Dear My Friendやロビンソンがなかったのは納得いかないですが)一人のアーティストを追いかけるようなタイプの人でなければ結構楽しめるのではないかと。


とりあえず、四十何回目かの北京ですが、今回も天安門や故宮を見に行くことはなさそうです。



今後の予定ですが、とりあえず8日の夜行列車でフフホトに向かうことになっています。
その後は、適当に遊んで、適当にモンゴルに行って、適当に内モンゴルに戻って、適当に日本に帰ってくるという、早い話が何にも考えていません(爆

でもまあ、何とかなります、多分。

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あとは、バスについて。
最近はまったく乗りませんが、最初に行った当時は、結構頻繁に利用していました。
これがまた何と言うか、「オンボロバス」という表現がぴったりの車で…(笑)
外見は汚いし、床は板張りで所々抜けているし…。
しかもでかいんですよ。
日本のバスと同じくらいの車両に、その7割くらいの大きさの客車を電車みたいにつなげていて。
そんなんなので、スピードもぜんぜん出ていませんでしたね。
頑張って、せいぜい30kmくらいだったと記憶しています。

今は、日本みたいに乗るときに運転手が支払いを確認する方式になってますが、当時は運転手以外にも乗務員が乗っていて、乗ってきた客に行き先を聞き、わざわざ切符まで発行していました。
値上がりして現在は1元や2元の均一料金になってしまいましたが、当時は乗った距離によって値段が変わる方式でした。
短い区間だと2角。長く乗っても5角ですからね。
私はあまり長い区間乗ることはなかったので、長く乗ったときにもらえる茶色い切符を大事にしていましたね(笑い)

まさに、「庶民の足」って感じでした。

扉は乗務員がスイッチを押して開閉する仕組みになってはいたんですが、必ずといっていいほどちょっと隙間が空くんですよ。
それを乗務員が身を乗り出して必死に手を伸ばして閉めたりしてね。
満員にでもなるとそういうわけにも行かず、扉が開いたまま走ったりなんていうこともよくありました。

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初めて行った当時のフフホトの交通事情はそれはもうひどいものでした。
信号なんてあってなきが如しで、赤でも青でも関係なく突っこんで行き、交差点でみんなして動けなくなる。
そんなことは日常茶飯事でした。
親父が、「赤信号 みんなで渡って 大混乱」なんて言ってましたが、的確に言い表していたのではないかと。
交通整理のための警官が交差点の真ん中にいても状況が変わらないんですからね。
ていうか、当時は警官は「いる」だけで、まったく仕事をしませんでしたから。
むしろ、いるだけ邪魔みたいな(笑)
それってどうなのよ、と思ってしまいますよね。


今でこそ自家用車が増えて来ていますが、当時は道行く車のほとんどがタクシーでした。
ある時数えてみたら、目の前を通っていった50台の車のうち34台がタクシーでした。
あとはジープやトラックなど。
今でもそうですが、当時は今なんかよりはるかに道が悪かったため、四輪駆動の車は重宝されていたようです。
なので、日本の車で一番知られていたのは、トヨタでも日産でもなく三菱でした。


やっぱり中国と言えば自転車ですよね。
広大な国土を誇る中国らしく、自転車専用道が整備されていますが、それにも関わらず、朝の通勤時間帯は日本の都心のラッシュアワーさながらに混み合います。
ありえないことですが、あれをそっくりそのまま日本でやったら、恐らくほとんどの道路が大渋滞になるでしょうね(笑)

意外だったのは、自転車を運転している人で飛ばしている人がほとんどいないということ。
みんなすごいスローで運転しているんですよね。
忙しいはずの朝の時間帯でさえも。
まあ、朝は混んでいるんで、飛ばそうにも飛ばせないんですけどね。

見てて思ったのは、テクニックがある人は多いが、力強さがまったくないということ。
空の自転車を片手で転がしながら、自分の自転車を片手で運転するって意外と難しいんですが、これを向こうの人は普通にやるんですよ。
そういった「腕」がある一方で、坂道なんか上るのはめっぽう苦手だったりしてね。
ホント、日本人からすればたいしたことないような坂を、必死に立ち漕ぎで上るんですよ。それはもうゆっくりと。
これは、自転車でとばして走らない、ということにも繋がっていることだと思います。

これは、中国だからこそ起こる傾向なんでしょう。
つまり、坂に強いとか弱いとか以前に、街の中に坂道がほとんどないということによるものだと。
フフホトの街は、一応端から端まで行ったことがありますが、坂と呼べるところは線路の下をくぐるように作られたガードだけ。
線路が地面と同じ高さで作られているため、その下を潜るように道路が作られているんですな。
なので、坂道を下って行き、ガードをくぐって坂道を上るという形状になっているんです。
これだけ。フフホトの坂道。
狭い日本から見ればうらやましい限りですね、平らなところを選んで町が作れるんですから。


今では、みんなちゃんと信号を守るようになってしまって…って良いことなんですけどね。
ただ、警官がノーヘルでバイクをとばしていたりと、まだそこかしこに「らしさ」を見て取ることができます(笑)

ところで、中国ってバイク運転する時にヘルメットを着用する義務がないんですかね?
友人にノーヘルの警官がいたことを伝えたら、「みんなそうだ」って言ってましたけど。
どうなんでしょう。

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今でこそ、随分と都会の雰囲気を漂わせてきているフフホトですが、15年前はまだまだ「田舎の地方都市」という域を出ていませんでした。

私が現在住んでいる所が、結構雰囲気的には当時のフフホトを感じさせるものがあります。
一応中核市なので、一般的には都会に分類されると思いますし、少なくとも「田舎」ということにはならないと思うんですが…。

市内でも辺境の地と言いますか、一番田舎な所に住んでいるせいもあるんですが、見渡す限り畑ーなんて風景を見ていると、「田舎だなあ」という気分になってくるんですよ。
田舎暮らしの人に住んでいるところを聞かれて答えると、「いいなあ、都会で」とか言われますが、「一面見渡す限りの畑の真ん中にそびえ立つ、どう見てみても場違いな高層マンション」なんて光景を見ると、「これのどこが都会なんだろう…」なんて思ってしまいます。

それはそれとして。
当時のフフホトはまさしくそんな雰囲気漂う町でした。

内蒙古自治区の首府。
人口125万人。

とまあ、文章にしてみるとなんとも勇ましい感じはするんですが、まったくそういう実感が得られませんでした。
一応、内蒙古の中心ということにはなっていましたが、人口だけ見ても隣の包頭市のほうが多く、そちらのほうが石炭なども豊富に採れたため、扱い的には「内蒙古第二の都市」みたいな感じでしたし。

夜の9時くらいになると、店なんかはほとんど…と言うか、ほぼ全て閉まっちゃいましたし。
街灯も今ほど整備されていなかったので、夜になるとホントに真っ暗になっちゃう所があったんですよ。
ただ、その分星や月は綺麗に見えました。
本当に天気がいい日なんかは月明かりがまぶしく感じられるくらいでしたし…って、田舎っぽさ爆発ですね(笑)

あと、これは今でも変わらないんですが(前ほどではありませんが)、フフホトの駅(線路)を境にして、北と南ですごい差がありました。
イメージ的には、開けている南側に対して、北はスラム街と言っていいくらいでした。
店なんかもほとんどなくて、冬なんかは本当にしんみりした雰囲気が漂ってたものです。
いまでは開発が進み、それなりの賑わいは見せています。

重要な施設や建物はみんな南にあったので、仕方ない部分はあったとは思いますが、ちょっと都市計画に失敗があったかなと思いますね。


それにしてもねえ、もうホントに都会っぽくなってしまって…。
背の高い建物なんて、昔は内蒙古飯店くらいだったのに、なんだか知らないうちにニョキニョキ生えちゃいましたし、それに限らず、建物の数なんて昔の倍くらいあるんじゃないかなと思っちゃうくらい増えました。
倍というのは、現実的にはちょっと無茶がありますが、イメージ的にはそんな感じだということです。
昔より確実に住みやすくはなったんでしょうけど、同時に何かが失われたものがあるのは間違いないでしょう。

3年前、フシグトンという「本当の」地方都市に行きましたが、何というか、非常に懐かしい空気を感じました。
「ここにはまだあの頃の町が残っていた!」と、ちょっとこみ上げてくるものがありました。
この町も、10年後には今のフフホトみたいになってしまうんでしょうか…。

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というわけで、ホテルから無事引越しを終え、住むべきところに落ち着きました。

がしかし、移ってすぐに私が体調を崩し、入院するという事態に。
詳しい病名とかは分かってませんが、伝染病とだけ聞かされました。
伝染病と一口に言っても、結構色々とあるんですがね。
まあ今さら聞いても誰も覚えてないでしょうし、ここでもとりあえず伝染病ということにしておきます。

えー、そんなわけで、フフホト市内の某病院に搬送され、入院することと相成りました。
ただ、どこの病院なのか覚えてないんですよ。
それどころか診察を受けた記憶もないし、そもそも家で具合が悪くなったという記憶もないんです。
気がついたらどこかの病院のベッドだった、みたいな(笑)

入院期間は、うろ覚えですが3日〜7日の間だったのではないかと。
二泊以上した記憶はありますが、それ以上は覚えていませんね。
ただ、あまり長期間の入院ではなかったと記憶しています。

この入院、日本人の子ども一人では何かあった時対応できないだろうということで、ホテルにいる時に私と姉にモンゴル語を教えていた人が付き添いで一緒に泊まることになりました。
正常な人間を伝染病患者と同じ部屋に泊まらせていいんでしょうか(笑)

それはともかく、おかげさまで体調も少しずつよくなり、入院した日の夜には、多少動けるようになりました。
自力でトイレに行けるようになったので、用を足しに行き、戻ってきてベッドに仰向けになった時、私は見てしまいました。
天井に張り付くようにして蠢く、黒い塊を。

ハエの大群でした(爆

直径二メートルくらいの大きさで円の形で蠢いているハエの大群。
…ここってたしか病院だったよね?

すぐさま付き添いの人を起こし、一緒にハエ退治をすることに。
することにって言ったってねえ…、5匹や10匹じゃありませんからね。
それこそ何千匹といるんですから追い払うしかありません。
というわけで、一晩中二人でハエを追い回す羽目になりました。

…私って確か病気で入院したんじゃありませんでしたっけ。
何でハエ退治なんかしているんでしょう(笑)
キモいし、うざいし、大量だし、寝れないし、もう最悪。

とりあえず、生まれて今に至るまでで、この時見た光景がもっとも衝撃的なものだったと思います。

とにかく、ここに限らず、中国の病院は衛生管理が全然できていません。
フフホトの友人曰く、中国国内において、病院はトイレの次に汚い所なのだそうです。

…それでいいんでしょうか。

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チョルモン
年齢:
31
HP:
性別:
非公開
誕生日:
1986/02/07
趣味:
競馬 野球 ビリヤード ボウリング テニス サッカー観戦 ゲーム 漫画 音楽鑑賞 料理 etc.
自己紹介:
1986年仙台生まれのエセ関東人。7歳時家の都合で中国内モンゴルへ。1年半の滞在でモンゴルにすっかり目覚める。以後単独で2度ほど留学。総滞在期間は約5年。5年も中国に居たくせに、中国語は日常会話程度しか覚えられず。モンゴル語だけ堪能に。初対面のモンゴル人に外国人だとバレたことがないのが自慢。現在は内モンゴルのフフホト市に潜伏中。フフホトでの生活も合計10年目に突入。

競馬歴:1996年頃から
1番好きな馬:スペシャルウィーク
1番好きなレース:97年天皇賞(春)
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